墓地を買ってから20年

現在住んでいるところから、自動車で約30分程度のところに墓地を買ったのはバブル最盛期の20年前。50歳を迎えるという時であった。その5年前くらいに父母がなくなり、なんとなく墓地が必要かなと思ったりしている時に、石屋さんの広告があり現地見学に行き気に入って購入した。その墓地は宗派をは拘らないという霊園の中にある。売りだした墓地の中で一番広く通路に面したところの区画をであった。したがって管理料は一番高く、永年供養料的に一括に払う方法もあったか毎年払う方法をとった。購入後20年経っているので、通算では一括払いの半分以上は払っている勘定になっているのが現状である。昨年70歳を迎え、言うところの古稀である。ライフサイクル的には一番最後に必要なものとしての墓地。墓地を買うべきかどうかについては、同じ年代が集まっての飲み会ではよく話題になる。

そんな時最近はあまり墓地などもつ必要はないという意見の者が多くなっている感じがする。買ってしまった私としてはどうも釈然としない。仕方ないのかもしれない。先日古希のお祝いに子どもと孫が一同に介し、食事を取りながらお祝いをしてもらった。その会場は私の祖先の墓がある浅草のお寺の近くの料理屋であった。皆で墓参りをしてからの昼食をとるという企画してもらったのである。そのお祝いの席での話としてよかたのかどうかはなんとなく気分的にはしっくりとはこないが、正月やお盆の時に集まるときに話せばよいのかもしれないがと思うこともあった話をした。それは20年前に買った霊園は市営の運動場等がある公園の近くにあり、桜の花が綺麗なところである。私は浅草の祖先の墓をお参りするときは、当然お彼岸やお盆の時や命日が主ではあるが、絶対欠かさないのは浅草の墨田公園の桜が満開になった時である。花見が主なのか墓参りが主なのかよくわからいがそれで勘弁してもらっている。そのパターンと同じ感じがする形で渡しが死んだ後の墓参りをして欲しいと子どもや孫に話した。一族郎党で花見をして墓の前で弁当を食べる会を年に一回開くことで私の墓参りになる。

そんな事が私にとって一番嬉しいことですという話をした。この食事会の話のメインは墓のことではなく、葬式のことやそおの前のステージとしてある病気で入院する病院や治療方法についての希望も話した。特に延命治療はしないでほしい事、人工呼吸器や胃瘻の取り付けは、この歳になってからそうなった時はは必要ないことであると思っていることも話した。

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